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院長コラム
<44>正義という報酬に依存する暴力
デスノート
多くの場合、人は「自分は正しい」「自分はまともな側にいる」と信じています。
その確信は、必ずしも理性や知性によって支えられているわけではありません。
漫画『DEATH NOTE』(デスノート)は、簡単に遠隔操作で殺人できるノートを手に入れた学生が主人公です。
彼はその力を使い、殺人犯や凶悪犯を次々と殺していきます。
目的は「犯罪のない理想の世界を作ること」。
自分が裁く側に立ち、世界を正しているのだと信じています。
そして、世界中の人々が「誰かが悪人に制裁を与えている」と信じるようになり、その対象すなわち姿形こそ見せないものの、主人公が神のような存在、キラという名前でネットやテレビで呼ばれだしました。
この物語で見落としてはならないのは、キラが決して孤独な存在ではなかったという点です。
作中ではキラの行為を支持し、「キラは正しい」「犯罪者がいなくなり、犯罪率が大幅に減少したのはキラのおかげだ」と考える大衆が多数登場します。一方で、彼を危険な殺人者だと批判する側も存在します。
それでもキラが力を持ち続けたのは、「支持されている」という感覚があったからです。
大衆の支持は彼の正義感を補強し、「自分は選ばれた存在だ」「自分のやっていることは認められている」という確信を強めていきます。
そして、キラの「正義」は犯罪者のみならず、自分を否定する者たちも殺害の対象となっていきます。
法よりも自分が正義になり、支持されることでさらにその状況に酔うわけです。
テロリズム
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』における主人公ハサウェイ・ノアも、同様の構造の中にいます。
彼は腐敗した地球連邦政府に対抗するため、テロ組織「マフティ」を率います。
彼の行為は暴力であり、明確にテロです。
しかし作中では、マフティを「よくやっている」「連邦よりはマシだ」と支持する市民の声が描かれます。
ハサウェイ自身は、罪もない人たちが巻き込まれることに悩んだりするわけですが、「これは必要な犠牲だ」「自分が引き受けるべき役割だ」と自分を納得させ続けます。
つまり、どの戦争も内乱もそうですが「自分たちこそ正義」という思い込みがあります。
その「正義」という大義があるからこそ犠牲はやむを得ないという、一部の人しか認識できない考え方が生まれます。
この構造は、現実世界でもはっきりと確認できます。
2001年9月11日の米国同時多発テロは、その極端な例です。
この事件では、民間航空機がハイジャックされ、世界貿易センタービルなどに突入しました。
実行犯たちは、その場で確実に死亡しています。
逃げるつもりも、生き延びるつもりもありませんでした。
それでも彼らは、自らの行為を「正義」「使命」「聖なる行動」と信じていました。
自分の命すら正義のためのコストにできる。
自分が思い込んだ「正義」、これが他者から見たらただの無差別暴力だとしても、この「正義」こそが法よりも自分の命よりも重く、尊い、という救いようもない感覚。
脳科学的に見ると、ここに共通するのは報酬系の働きです。
人は「自分は正しい側にいる」「仲間がいる」「支持されている」と感じたとき、ドーパミンを中心とした報酬系が活性化します。
これは快楽というより、「この信念と行動を維持しろ」という学習信号です。
この作用は、個人にも集団にも働きます。
正義を語る
支持される
確信が強まる
疑う力が弱まる
こうして正義は、検証の対象ではなく、信仰に近いものへと変わっていきます。
SNSの弊害
現代のSNSは、この仕組みを極端に単純化し、加速させます。
誰かを「悪」と断定し、叩く。
たとえば、どこかの学校の不祥事事件や暴力事件などを取り上げ、「加害者」として未成年の顔と名前を晒す。
その親の会社や自宅住所まで晒す。
共感や拡散が返ってくる。
多くの人が正義の鉄槌としてコメントでさらに「加害者」を叩く。
コメントで叩く人たちも、確固たる証拠がないまま、誰かが証拠と持ち上げた動画や拡散された情報を真実と受け取り、「けしからん」と言って正義感をもって加害者とされる側を非難するコメントを並べる。
脳は、それらの行動を「価値のあるもの」と誤って学習します。
さらに人間は、前提に「正義」があり、同意支持される基盤で誰かを攻撃をすることに快感を覚えるのです。
なお、ドーパミンは思考を深める物質ではありません。
行動を固定化する物質です。
そのためこの状態では、前頭前野、つまり冷静な判断、抑制、他者視点を担う領域の関与が低下します。
結果として起きるのは、
証拠を読まない
法を理解しない
反対意見を敵視する
集団の空気に流される
という、きわめて知的に未成熟な振る舞いです。
辛口に言えば、これは「強い正義感」の表れではありません。
ただの無知です。
安倍晋三元首相殺害事件の山上被告に対し、一部でみられた英雄視や過剰な同情も類似の構造です。
自分で考えているつもりで、実際には「正義っぽい物語」に乗せられ、報酬系に踊らされているだけの状態です。
キラを支持した大衆も、マフティを持ち上げた市民も、SNSで誰かを断罪する人々も、本質的には同じ立場にいます。
残酷な事実
SNSという顔がみえない場所で、匿名を用いて正義感をもって誰かを攻撃する。
本来誰かを攻撃して正義の味方になりたいものの現実世界ではできません。
SNSの世界なら、しかも正しいのだから、しかも本名を出さないのだから堂々とできる。
そして「いいね」や共感がたくさん返ってくる。
自分の正義の鉄槌がみんなに支持されているんだ。
これは、法による統治を拒む いわゆるテロに賛同して踊らされている人たちと大差ないと考えます。
正しい(と思い込んでいること)から発する暴力ほど怖いものはありません。
周囲が何も見えなくなっているのですから、それはここまで記載した9.11や山上被告同様です。
自分は賢い、正しいと思っているはずでしょうが
実は、騙されやすく、知らない間に搾取されている側で、残酷なのはそれに気づかないことです。

開院前の内覧会の際にお世話になりましたSana allさんのシフォンケーキ。
おいしさにびっくりしますよ?
下関市にて頭痛、片頭痛、めまい、物忘れ、頭のMRIなどでご相談があれば、ぜひ志摩脳神経外科クリニックで。