歴史

<31>文化が作った英雄像

坂本龍馬

最近、中学や高校の教科書で坂本龍馬の名前が消えつつあります。

日本史上、戦国時代の織田信長と並んで、最も人気のある偉人と思われます。

今まで幕末のドラマや映画では、誰が主役であれ必ず龍馬は出てきました。そうすることで視聴率も取れるからです。

土佐藩の差別される立場から這い上がり、剣の達人なのに誰も斬ることをせず、先見の明をもって新しいことに挑戦を続け、どこの組織にも属さないまま日本を動かす大人物。最後は暗殺で華麗に散るも、その事件すらミステリーに包まれる。

しかし、彼の人気と実績にはギャップがあるかもしれません。

そもそも歴史の教科書は、「人物中心」から「構造・背景重視」へとシフトしており、坂本龍馬のような個人の活躍よりも、幕末の政治構造や国際関係、幕府・藩の動きが重視される傾向にあります。

さらに坂本龍馬は官職にも就いておらず公的記録が少ないため、教育上の重要人物としての扱いが難しいという事情もあります。

坂本龍馬が現在のように人気を博したのは、司馬遼太郎『竜馬がゆく』(1962年~)によるところが大きいです。

これは皆さん同意していただけると思います。

本作品では、龍馬は理想主義と実行力を兼ね備えたヒーローとして描かれ、多くの読者を魅了しました。

これによって「時代を変えた革命家」「日本の夜明けを導いた自由人」としてのイメージが定着しました。

龍馬がいなければ、明治維新が何十年も遅れて、日露戦争に負けていたかも・・・。

しかしながら、龍馬は「薩長同盟の仲介」や「大政奉還への影響」などに関与したとされるものの、史料的には裏付けの乏しい部分も多く、実際の役割はやや誇張されているとの見解もあります。仮にそれに関わったとしても表舞台で活躍しているわけではありません。黒子の立ち位置です。

西郷、大久保、高杉、桂(木戸)、村田(大村)らは将として政治・外交・戦争のいずれにも活躍しましたし、慶喜や勝も歴史の中心にいました。

龍馬はむしろどこにも属さない商人という立場で損得も考えながら動いていて、政治の責任ある所とは無縁でした。情報仲介者、ネットワーカーという立場でしょうか。

小説に登場した龍馬像は、史実と乖離している部分や誇張されている部分もあったでしょうが、高度経済成長期以降の日本で「組織に縛られず、未来を切り開く個人」のモデルとして、とてもフィットしたのでしょう。

諸葛孔明

イメージと乖離している偉人といえば、諸葛亮(孔明)です。

小説や漫画での「三国志」では、全知全能の天才軍師のようなヒーローとして描かれています。

しかし、実際に彼が劉備に従軍して拡大した領土はどこになるのでしょうか?

益州(蜀)攻めは龐統や法正が軍師の立場で従軍しており、諸葛亮は留守番でした。

劉備亡きあと、南蛮平定させるのに7度も戦争も行って国庫を無駄に使い、晩年の北伐も失敗しています。

本当に天才なら中華統一しているはずです。

史実における諸葛亮は、堅実で慎重な内政官だったようです。

暗愚な二代目皇帝の劉禅を退け簒奪して皇帝になることもできたでしょうが、生涯そういうことはせずに忠義を貫いた。

このことが、宋時代に推奨された忠義の学問である朱子学において「理想的な家臣」「官僚の鑑」という評価につながり、明時代に作られた「三国志演義」にて脚色された天才として描かれました。

彼もまた、文化が作った英雄といえます。

ほかにも史実とイメージが異なる偉人は?

西郷隆盛は、庶民派で誠実、無欲で清廉な薩摩の英雄。明治維新の立役者というイメージです。

実際は、勝と会談するまでは江戸の街を火祭りにするつもりだった総大将です。

自殺未遂、3度結婚。

維新後は征韓論を巡って政府と対立し西南戦争を起こしており、多くの死傷者を出す反乱の首謀者になりました。

「武士たちの不満を一手に引き受けた」「象徴として担がれた、仕方なかった」という考え方もありますが、当時の世界列強が東洋を侵略しつつある時期に内乱を起こすのはどうなのでしょう?

しかし、西郷が聖人で大久保が悪役という構図がその後に作られ、西郷の美化が進んだように思われます。

織田信長は、冷徹残酷な魔王というイメージがあるかもしれませんが、実際は以前のブログでも書きました(<22>非合理主義 https://shima-nougeka.com/column/%ef%bc%9c22%ef%bc%9e%e9%9d%9e%e5%90%88%e7%90%86%e4%b8%bb%e7%be%a9/)が先進的であり合理主義的リーダー・経営者という側面があります。

宮本武蔵は、天下無双の剣豪というイメージですが、記録には誇張が多くて一騎打ちの真偽も不明瞭です。

秦の始皇帝の従来のイメージは、暴君・残酷・焚書坑儒ですが、近年は法と中央集権で国家統一を実現した改革者。焚書も一部の思想統制にすぎず、極端な弾圧ではなかった可能性があります。漫画「キングダム」の影響もありそうです。

ジャンヌ・ダルクのイメージは、神の啓示を受けた聖なる乙女。フランスを救った英雄です。実際は、軍事指導者というより旗印的存在であり、政治的に利用された面も大きく戦術的才能には乏しいとされています。

コロンブスのイメージは、アメリカ大陸を発見した大冒険家です。誰も成し遂げていなかった、大西洋を航海する勇気は素晴らしいと思います。実際は、到着した北米をインドと思い込んで(だから先住民をインディアンと呼んだ)、先住民への暴力や奴隷化政策など、負の側面もあるようです。

大塩平八郎は、飢餓の民を救おうとした正義の反乱者かもしれません。しかし、幕府役人でありながら、放火や略奪を含む武装蜂起を行ったテロリストとも言えます。それでも、民衆の味方として美化された面が強いです。

劉邦(高祖)は、漢帝国を作った庶民出身の英雄ですが、猜疑心が強く、功臣たちを次々と処刑しました。

「孫氏の兵法」の孫武は、実在すら怪しいといわれています。「孫氏の兵法」は長年かけて違う人らによって加筆されていった結果の集合体だという説もあります。孫武の時代にない内容もあるからです。

「東方見聞録」のマルコ・ポーロは、アジアを旅した欧州人の先駆けですが、実際に元帝国の宮殿に行った形跡はなく、内容は誇張・伝聞が多いようです。なぜかジパングは黄金の国なわけですし。そもそも本人が本当に中国に行ったかどうかも怪しいという説も。

三重苦で感動的なヘレン・ケラーは、そのハンディキャップを克服して学者として大成した美談が有名ですが、社会主義者として叩かれていたことはあまり知られていません。教育的・感動的な側面が語られていて思想活動は語られにくいようです。

神武天皇や神功皇后は当然のこと、ヤマトタケルも聖徳太子(厩戸王)すらも、実在していたのか怪しくなってきています。

これらのイメージ、虚像と実際の面との乖離があるにしても、そういうイメージが必要だった時代背景があったから作られたのだと思います。

今の時代でいえば、誰かが劇的な田中角栄の物語を作れば、強く天才的なリーダーとしてトランプ氏とも対峙できるヒーローと扱われそうですね。

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