雑学

<45>戦争の教訓は「戦争=悪」?

戦争の教訓ってそんなもの??

今の日本では「戦争は悪である」という価値観が広く共有されています。
これは、戦後の社会が到達した重要な価値観になっており、これ自体を否定する必要はありません。

ただ、「戦争に負けてひどい目にあったから」「核の被害を受けて凄惨な目にあったから」

「戦争=悪」

「核保有=議論すらタブー」

と脊髄反射的なアレルギーを起こしている人もいると思います。

それは思考停止に近いパニックと同じ印象です。

戦争が平和の対義語であり、良くないことである、というのはその通りですが

・そもそもなぜ、あの時代の日本が米国に戦争を挑んだのか?

・どういう条件で終わらせる計画だったのか?

ということを知らない世代が増えてきたはずです。

「なぜあんな無謀なことをしたのかわからない」

「けれども戦争はいけないよね」

つまり内省しているつもりでも直視できていない。

それでは国家に限らず人間としても成長できないはずです。

たとえば、大日本帝国は調子に乗って米国本土を占領するつもりだったのか?

それは違います。

開戦の背景

当時の日本は、中国大陸での戦争が長期化する中で、国際社会から徐々に孤立していきました。

今でいえばロシアがウクライナに侵攻 

→ロシアに対して各国が経済制裁

 というのと同じです。


決定的だったのは、当時の日本が石油や鉄などの戦略物資を海外に大きく依存していたにもかかわらず、それらの供給を段階的に断たれていったことです。

特に石油は、日本の軍事・産業・生活のすべてを支える基盤でした。


そして通告された全面的な石油の禁輸は、戦争をしなくても数年以内に国家機能が停止することを意味します。

この時点で日本の指導部は、
「戦争をするか、しないか」ではなく、
「戦争をするか、国家として窒息するのか」
という、非常に追い込まれた選択を迫られていました。

むろん、第三の選択肢「それまで対中国大陸に費やされた兵力(人命)・金・時間などを全部無駄にして撤退」

もあったのかもしれませんが、それを選ぶことはありませんでした。

太平洋戦争の想定終着点

では、追い込まれた日本はどのようなことを想定していたのでしょうか?

石油を東南アジアに求めるわけですね。

しかし、東南アジアを手中に治めるには、米国領フィリピンを占領しなければ補給線が絶たれます。

英国領のマレーシア・シンガポール、オランダ領のインドネシア。全てにけんかを売る必要があります。

少なくとも海軍の一部、特に対米戦争の現実を理解していた人々は、米国の一部を占領するなどという非現実的な目標を掲げていたわけではありません。

ハワイを恒久的に占領する構想も、米国西海岸に上陸する計画も、現実的な戦略としては最初から想定外でした。
補給能力や工業力の差を考えれば、それが不可能であることは分かっていたからです。

彼らが描いていたのは、南方の資源地帯を短期間で確保し、同時に米国太平洋艦隊に大きな打撃を与え、
「これ以上戦っても割に合わない」
と米国に判断させ、早期講和に持ち込む、
あくまで限定的な戦争のシナリオでした。

この意味で、当時の日本側の主観としては「この戦争は侵略ではなく国家存続のための自衛的な戦争である」
という認識が強かったのも事実です。

もちろん、結果として多くの国と地域に甚大な被害を与えた以上、その評価が変わることはありません。

ただ、当事者たちがどのような前提と論理で意思決定をしていたのかを理解しなければ、同じ構造の失敗は形を変えて繰り返されます。

孫氏の兵法

問題は、この戦争が戦略としても国家経営としても、きわめて危うい条件の上に始まったことです。

目的は曖昧で、終着点は共有されず、戦争が短期で終わらなかった瞬間に、次の一手が存在しなかった。

古代中国の「孫氏の兵法」は、戦争を賛美する書ではありません。

むしろ一貫して、国家を消耗させる戦争は最悪である、
と冷静に警告しています。

「戦わずして勝つ」
「敵を知り、己を知る」
「長期戦を避ける」
「補給を最優先する」

太平洋戦争は、これらの孫氏の兵法が提唱する原則から大きく逸脱していました。

これは勇気や覚悟の問題ではなく、設計そのものの失敗といえます。

そして、途中からわきあがる精神論、根性論。神国日本は不滅なり。わが皇国に敗北の歴史なし。

この構造は、決して過去の国家だけの話ではありません。

・目的が曖昧なまま努力を続けること。
・終わりを決めないまま我慢を重ねること。

・引き返せなくなってから「仕方がなかった」と正当化してしまうこと。

これは、私たち一人ひとりの人生や仕事、受験、そして健康管理の場面でも、同じことがいえるようです。

例えば健康でいえば、無理を積み重ね、限界を超えてから治療に入るケースは少なくありません。

もっと早期に発見していれば、生活習慣を見直していれば・・・。

本来は、孫氏の言う通り

・戦わなくて済む状態を作ること(健康面でいえば大々的な治療をしなくて済む状態)
・悪化する前に手を打つこと

こそが、最も合理的な判断です。

太平洋戦争の教訓は、「戦争は悪だから避けよう」
という道徳的な結論だけで終わるものであってはいけないと思っています。

目的と戦略と終着点を誤った戦いは、国家であれ、組織であれ、個人であれ、確実に消耗と破綻をもたらします。

だからこそ、戦いや勝負事の前にいったん立ち止まり、


「本当に戦う(そこに勝負をする)必要があるのか」
「どこで終わるのか」
「引き返す道は残っているのか」

「自分の能力や資源は大丈夫なのか」

「対する相手(受験や病魔)はどんなものか」

「どれだけ何を準備をすれば100%近く成功できるのか」


といったことを考え続けることが重要なのだと思います。


頭蓋骨のレプリカは今でもお勉強の材料としてお世話になっています。

研修医のころに米国留学していた先輩に買ってもらったんですよね~。その先輩とは十年以上お会いしてませんが、東京に住む私の姪っ子の結婚相手と親密だったりして世間の狭さに驚きました。

下関市にて頭痛、めまい、物忘れ、頭のけが、MRIなどでのご相談は、志摩脳神経外科クリニックにてご気軽にお願いします。最近は、山陽小野田市、美祢市、長門市からも来院してくださって感謝です。